ディープインパクト

ディープインパクトってどんな馬?

このブログを始める時に、ディープインパクトのプロフィールを詳しく書くつもりはありませんでした。

だって、有名な馬だし、詳しい情報を知りたければWikipediaがあるじゃんって(笑)。

でも、ディープインパクトが現役を引退してから15年が経ちました。

最近競馬ファンになられた方の中には、ディープのことをあまり知らない方もいらっしゃるようです。

それならば、自分なりに「ディープってこういう馬だったんだよ」ということを記しておくのもいいかと思いました。

競走成績ももちろんですが、エピソードや性格なども記していきたいと思います。

競走馬、種牡馬のディープインパクトのプロフィール

まずは、ディープインパクトのプロフィールをご紹介します。

ディープインパクト

2002年3月25日生

父 サンデーサイレンス 母 ウインドインハーヘア

母父 Alzao

馬主: 金子真人ホールディングス

池江泰郎厩舎所属

主戦: 武豊騎手(全レース騎乗)

生産者: ノーザンファーム

競走成績: 14戦12勝 (海外1戦含む)

2005年に無敗の3冠達成。

2005年 年度代表馬。最優秀3歳牡馬。

2006年 年度代表馬。最優秀4歳以上牡馬。

2006年有馬記念を最後に引退、社台スタリオンステーションで種牡馬入り。

2012年~2021年 JRA リーディングサイヤー

2008年 JRA顕彰馬に選出

2007年 安平町特別栄誉賞受賞

「2002年3月25日生まれ 父 サンデーサイレンス、母 ウインドインハーヘア」

と書いただけで、目頭が熱くなってきます💧

全兄にブラックタイドがいます。

ブラックタイドは、今はキタサンブラックの父だと言ったほうがわかりやすいでしょうか。

全弟のオンファイアも種牡馬をしていましたが、昨年10月に浦河町のオーシャンズランチに移動。

種牡馬を続けるかどうかは、オンファイアのコンディション優先で検討されるそうです。

ディープインパクトの母方の血統は、イギリスのエリザベス女王とご縁があります。

詳しくは「エリザベス女王陛下とディープインパクト ロイヤルアスコット開催に寄せて」をご覧ください。

エリザベス女王陛下とディープインパクト ロイヤルアスコット開催に寄せてはむぱんさんによる写真ACからの写真 今日はエリザベス女王陛下とディープインパクトとのつながりについて書いていきたいと思います。 ...

父のサンデーサイレンスは2002年に亡くなりましたが、母のウインドインハーヘアは30歳になった今年も元気です。

ご存知の方も多いと思いますが、今は北海道のノーザンホースパークにいます。


自分の子供だけではなく、孫、ひ孫の世代も大活躍。本当に偉大な繁殖牝馬です。

現役時代のディープインパクト

ここでは、競走馬時代のディープインパクトについてご紹介します。

競走成績

2歳時(2004年)

12/19 阪神 新馬戦 2000m 1

3歳時(2005年)

1/22 京都 若駒ステークス(OP) 2000m 1

3/6  中山 弥生賞(GⅡ) 2000m 1

4/17 中山 皐月賞(GⅠ) 2000m 1

5/29 東京 日本ダービー(GI) 2400m 1

9/25 阪神 神戸新聞杯(GⅡ) 2000m 1

10/23 京都 菊花賞(GⅠ) 3000m 1

12/25 中山 有馬記念(GⅡ) 2500m 2

4歳時(2006年)

3/9 阪神 阪神大賞典(GⅡ) 3000m 1

4/30 京都 天皇賞(春)(GⅠ) 3200m 1

6/25 阪神 宝塚記念(春)(GⅠ) 2200m 1

10/1 仏ロンシャン 凱旋門賞(GⅠ) 2400m 失格

11/26 東京 ジャパンカップ(GⅠ) 2400m 1

12/24 中山 有馬記念(GⅠ) 2500m 1

上にも書きましたが、国内では13戦12勝

3歳時の有馬記念で1/2馬身差の2着になったのを除けば、国内で出走したレースはすべて勝利しています。

唯一の海外遠征となった凱旋門賞は失格になりました。

ちなみに、国内で走ったレース全戦で、上がり最速を記録しています。

全レース1番人気。最高のオッズは1.3倍で、2005年の皐月賞、有馬記念、2006年のジャパンカップが1.3倍でした。

最低のオッズは1.0倍の元返し。皆さんご存知の通り、無敗の三冠がかかった2005年菊花賞でした。

コントレイルのラストランとなったジャパンカップの後、福永騎手が

「3000mを走れる馬ではなかった」

ということをおっしゃっていました。

ディープインパクトは、ご覧の通り2000m以上のレースばかりを走っていました。

でも、デビュー当時は「短距離馬になってしまうかもしれない」という心配を陣営に抱かせていました。

コントレイルとは少し理由が違っていて、

「スピードがありすぎたから」

だったそうです。

それで、武騎手と陣営は相談しながら、距離が持つ馬になるように育てていきました。

レースぶり

ディープのレースをご覧いただければわかりますが、ディープはいつも最初は後方で走っています。

レースの後半になってまくっていって、前にいる馬たちを次々に抜かしていき、ゴール付近では後方に大きな差をつけています。

強さがとてもわかりやすいですね。

このようなレーススタイルになったのは、ゲートの出が良くなかったのが一つの理由です。

でも、他にも原因がありました。

池江泰郎厩舎でいつもディープの調教をつけていた池江敏行調教助手は、著書の「真相」の中で、

ディープにも「じつはひとつだけ弱点というか、特性がある」と書かれています。

それは並ばれると一緒に走ろうとすることだった。

並ぶと隣の馬を気にしてヤル気をなくすというか、「一緒に行こうよ」とばかりに仲良く走ろうとする。

だから後ろから行き、完全に相手を無視して一気に抜く、しかも抜き去るときに他馬が一緒に動いたらダメなのだ。

池江助手は弥生賞でこの特性に気づいたそうです。

武騎手もこの特性を知っていると思っていたので、特に話をすることはなかったとのこと。

でも、ジャパンカップのレース前に初めて話をしたところ、武騎手は

「たしかにそういうところありますよね」

と答えたそうです。

とくに意識してというより、感覚でそれをわかっていたかのような反応に、

やっぱり天才は違うなあと感じたものだ。

この特性をもっと多くの対戦相手が知っていたら、あれほどのパーフェクトな成績は挙げられなかったかもしれませんね。

それならそれで、別のレースの仕方をしたのかな?

池江助手の「真相」という本については、「ディープインパクト DVD、本、雑誌など」でご紹介しています。

母親のウインドインハーヘアも現役時、後ろから行って、最後ビュンと抜き去るというレースをしていたそうです。

同じだなと思って、嬉しくなりました。

このエピソードは「ディープインパクト~日本近代競馬の結晶」というDVDに収められています。

詳しくは「ディープインパクト DVD、本、雑誌など」をご覧ください。

ディープインパクト DVD、本、雑誌などディープインパクトは注目度が高く、現役時代、現役を引退する時、そして悲しいことですが、天国に旅立った時に、DVDや本、雑誌、グッズが発売...

4歳で引退

ディープインパクトは、2006年の有馬記念を最後に現役を引退しました。

フランスから帰国して、当初は天皇賞秋に出走する予定で東京競馬場で調整を進めていた時に、4歳で引退の発表がありました。

金子オーナーは当初から早期に引退させることを考えていらっしゃったようですが、陣営の他の方々はそのことを知らなかったようです。

ディープの引退から15年が経過して、当時の事情をよく知らない競馬ファンも増えてきています。

4歳で引退したことについて、体調や脚元に問題があったからだと誤解されることもあります。

しかし、そのような問題は全くありませんでした。

ディープの父であり、大種牡馬であったサンデーサイレンスがいなくなり、その後を受け継ぐ種牡馬になってほしいという生産界の熱い期待に応えたのです。

現役を引退する時は、こんなに早く引退するなんて寂しいと思っていました。

でも、その後の産駒の大活躍を見て、早く引退してよかったんだという気持ちにもなりました。

欧州ではある程度の実績を残した牡馬は3歳で引退させて、種牡馬にすることもあるようです。

現役を続けて、怪我でもされたら大変だからです。

そのいい例が、今年の欧州年度代表馬、セントマークスバシリカです。

セントマークスバシリカは今年3歳ですが、GIを5連勝して、実績は十分でした。

当初は凱旋門賞への出走を目指していましたが、外傷を負って同レースを回避。現役を引退しました。

その傷の程度がどれほどのものかはわかりませんが、これ以上の実績を積む必要はないと判断されたのでしょう。

ディープの引退について詳しくは、コントレイル ラストランに向けてに記しました。

種牡馬 ディープインパクト

4歳で現役を引退したディープインパクトは、北海道の社台スタリオンステーションで種牡馬になりました。

種付け料、シンジケート

51億円のシンジケートが組まれて、初年度は1200万円の種付け料が設定されました。

シンジケートというのは、高額の種牡馬を導入する際に、会員を募集して資金を出し合うシステムです。

会員には毎年その種牡馬を無料で種付けできる権利(1株につき1頭無料という感じです)が与えられます。

シンジケートの会員以外の生産者は「余勢」という枠で種付けの申し込みをし、種付け料を支払います。

余勢の種付け料は経費を差し引いた後、配当金として会員に支払われます。

コントレイルの種付け料が、ディープインパクトの初年度と同じ1200万円に設定されました。

そのニュースを聞いた時、いくらのシンジケートになったのかなと思っていましたが、シンジケートの報道はあまりありませんね。

ディープの引退当時は「51億円のシンジケート」とよく報道されていましたが。

種付け料は1200万円からスタートし、産駒が活躍したことから、2018年には4000万円まで上がりました。

父のサンデーサイレンスの種付け料は最高で3000万円と言われていますので、父の記録を抜いたことになります。

この4000万円という価格設定は、海外でも産駒が活躍し、種付けの申し込みが海外からも増えたことが一因になっていました。

高額にして申し込みの数を減らし、ディープへの負担を軽減する狙いがあったと聞いています。

残念ながら、その負担軽減の効果は十分ではありませんでしたが・・・💧

ディープインパクト産駒 デビュー

ディープインパクトの初年度産駒は、2008年に誕生しました。初年度産駒がデビューしたのは2010年です。

ちなみに、以下の記録があります。

ディープ産駒初出走馬 シュプリームギフト 初出走日 2010年6月20日

ディープ産駒JRA初勝利馬(牝馬) サイレントソニック 勝利日 2010年6月26日

ディープ産駒JRA初勝利馬(牡馬) ヒラボクインパクト 勝利日 2010年6月27日

ディープ産駒JRA重賞初勝利馬 ダノンバラード 勝利日 2010年12月25日 ラジオNIKKEI杯(GⅢ)

ディープ産駒JRAGI初勝利馬 マルセリーナ 勝利日 2011年4月10日 桜花賞(GI)

初年度産駒、今となってはああ懐かしい。今以上に一頭一頭のデビュー、レース結果を固唾を呑んで見守っていた記憶があります。

ディープが種牡馬として成功できるのか、当時はわからなかったですから。

シュプリームギフトとダノンバラードは、ディープが所属していた池江泰郎厩舎の管理馬でした。

ラジオNIKKEI杯でダノンバラードに騎乗していたのは武豊騎手でしたね。

マルセリーナが桜花賞を勝った時には、嬉しくて家の廊下を走り回って喜びました(笑)。

種牡馬としての実績、産駒の勝利数

2022年1月19日時点での主な実績は以下の通りです。

JRAレース産駒勝利数 2539勝

JRA重賞産駒勝利数 272勝

JRAGⅠ産駒勝利数 70勝(交流GⅠ 1勝含む)

この重賞産駒勝利数には、GI産駒勝利数が含まれています。

このほか、地方の重賞やGIレースも勝っていますし、海外の重賞、GIレースでも勝利しています。

ちなみに、海外のGIレースは26勝、重賞レースは12勝です。

このGIレース勝利数と重賞レース勝利数はそれぞれ独立した数字です。

つまり、スポーツ紙に掲載されている重賞勝利数の数え方で言うと、海外の重賞レース勝利数は38勝ということになります。

詳しくは「海外の重賞・GⅠレースで勝利したディープインパクト産駒、20頭に到達!」をご覧ください。

日本のレースに関しては、1200m~3200mの芝のGⅠレースで産駒が勝利しています。

また、障害でも重賞レースとGⅠレースを制しています。2014年にレッドキングダムが中山大障害(JGⅠ)で勝利しました。

問題はダートですね。

JRAのダート重賞は初年度産駒のボレアスが2011年にレパードステークス(GⅢ)を制しています

また、2018年にはアンジュデジールが、交流GIのJBCレディスクラシック(JpnI)で優勝しています。

ただ、JRAのダート重賞は上に記したボレアスの勝利のみで、他は勝っていません。

もちろん、JRAのダートGIも勝っていません。

これまでの産駒の成績や、残り世代が少ないことを考えると、ディープ産駒がJRAのダートGⅠで勝利するのは厳しいかなという感じです。

海外での実績については、ディープが種牡馬入りした当時、ここまで産駒が海外で活躍するとは思っていませんでした。

初期の頃に海外の有力馬主さんが所有する牝馬を日本に送って、ディープと交配させていました。

その一番の成功例がBeauty Parlourです。

そのような成功例から、少しでも海外で活躍できる産駒が出ればいいなと思っていました。

でも、日本から海外に遠征した産駒が大レースで勝利を収めたりしたこともあって、クールモアなどの大馬主が牝馬を積極的に日本に送ってくるようにもなりました。

ディープインパクト産駒の海外での活躍については、「世界のGⅠレースや重賞レースで活躍したディープインパクト産駒」のシリーズをご覧ください。

このシリーズは「世界のGⅠレースや重賞レースで活躍したディープインパクト産駒 その4」まであります。

世界のGⅠレースや重賞レースで活躍したディープインパクト産駒 その4これまで世界のGⅠレースや重賞レースで勝利したディープインパクト産駒をご紹介してきましたが、今日が最終回です。 https://d...

さらに、海外での産駒の活躍を受けて、現役を引退したディープインパクト産駒が世界各地で種牡馬として繋養されることになったのも嬉しい驚きでした。

詳しくは、「海外にいるディープインパクト系種牡馬 めざせ、世界征服!?」のシリーズをご覧ください。

このシリーズは「海外にいるディープインパクト系種牡馬 めざせ、世界征服!? その3」まであります。

ご存知のように、日本国内にも現役を引退した後種牡馬入りした産駒がたくさんいます。多すぎて競争が激しすぎる・・・💧

国内の種牡馬については情報が入手しやすいので、このブログには記していません。

国内の種牡馬情報については、【サラブレッドセール(せり市場)=馬市】&【種牡馬】の最新情報 by馬市.comのブログが参考になります。

といっても、皆さん、とっくにご存知のブログだと思いますが。

ディープインパクトのラストクロップ

この項目は実は書きたくありませんでした💧。

でも、この情報がないと、読みに来てくださる方に不親切ではないかと思い、やはり書くことにしました。

ディープは2019年の種付けシーズンの最初の頃に種付けを中止しました。

それで、2019年に種付けし、2020年に誕生した限られた数の産駒がラストクロップになります。

2019年に種付けできたのは24頭で、半数以上が海外のオーナー所有の繁殖牝馬だったそうです。

日本軽種馬協会が運営するサイト、JBIS Searchによると、国内にいる2020年度産のディープ産駒は6頭

2021年12月27日現在で、母ジュエルメーカーとゴーマギーゴーの産駒が名前がついて、入厩する厩舎も決まっているようです。

ジュエルメーカーのほうが牝馬で「エレガントギフト」、ゴーマギーゴーが牡馬で「オープンファイア」という名前です。

あとの4頭は名前や厩舎がまだ登録されていません。

6頭のうち4頭が今年のセレクトセールに上場されましたね。

ジュエルメーカーの産駒はセレクトセールで主取りになっていました。

でも、今データを見ると、ゴーマギーゴーの産駒のオーナーである長谷川裕司さんの所有になったようです。

長谷川さん、ディープの産駒を所有したいお気持ちが強かったのかな。ありがたいことです。

海外にいる産駒で、血統登録されたのは7頭。

世界有数の競馬事業体、クールモアが所有する産駒は4頭いるようです。

そのうちの2頭をご紹介します。

まず、イギリスのクラシックレース、2000ギニーで勝利したサクソンウォリアーの全弟。


そして、GⅠを7勝し、2016年の欧州年度代表馬に選出されたマインディングが生んだ牝馬です。

あれ?ディープもマインディングも鹿毛なのに、この女の子は青鹿毛ですか?

海外にいるラストクロップ、7頭をまとめます。

生産者 母馬、性別など
クールモア メイビーの2020 牡

マインディングの2020 牝

ロードデンドロンの2020 牡

ハイドレンジアの2020 牡

母馬は皆Galileo産駒です。

アガ・カーン スタッド アズミーナの2020 牝

母父: Galileo

ゴドルフィン ヒバーイェブの2020 牝

母父: Singspiel

ニアルコスファミリー マリシューズの2020 牝

母父: Galileo

世界的に有名な生産者ばかりです。

また、母馬も自らがGIを複数勝利していたり、生んだ子供がGIを複数勝利していたり、母の兄弟に活躍馬や種牡馬がいる馬ばかり。

サクソンウォリアーの活躍を見て、ガリレオ産駒の母馬が多いですね。

Study Of Manを生産したニアルコスファミリーの繁殖牝馬がリストに入っているのが、嬉しいです。

2019年にディープが元気で、例年通り種付けをこなしていたら、さらにもっと素晴らしい血統の仔馬が生まれていたことでしょう。

このラインナップを見ると、つくづく残念です。

生まれた仔が無事に成長し、デビューするだけでも大変なことです。一頭でも活躍する馬が出てくれることを祈っています。

クラシックレースに本格的に参戦できるのは、今年2歳になった2019年度産の産駒が最後ではないかと思います💧💧💧

ディープインパクトの性格、エピソード

最後に、ディープの性格や思い出深いエピソードをご紹介します。

お坊ちゃま君

池江泰郎厩舎でディープを担当していた市川厩務員は、全兄のブラックタイドも担当していました。

ブラックタイドは3歳時にスプリングステークス(GⅡ)で勝利し、クラシックの有力馬に名乗りを挙げていました。

しかし、次走の皐月賞で16着になった後屈腱炎になり、2年ほど休養を余儀なくされます。

ディープは1歳年上の兄が休養している間に池江厩舎に入厩します。

ブラックタイドは雄大な馬格を誇り、黒鹿毛で父親のサンデーサイレンスによく似ていました。

一方、ディープは鹿毛で、母親似で小柄。

市川さんはディープが初めて栗東トレーニングセンターに来た時、検疫所に迎えに行きました。

あまりにも兄と印象が違い、女の子のように見えたので、思わず股間を覗いて性別を確認したそうです(笑)。

入厩してからも、「猛獣系」と言われるほど気性の荒かった兄に対して、ディープはとても上品で穏やか。

その様子を見て、市川さんは「お坊ちゃま君」というニックネームをつけられたそうです。

このエピソード、有名ですね。

ディープは現役時代、一度も放牧に出ることなく、ずっと栗東トレーニングセンターの池江厩舎にいました。2年ぐらいですね。

3歳の夏は暑さを避けるため、札幌競馬場で池江厩舎に割り当てられた馬房にいましたが、放牧というわけではありません。

今は競走馬はレースを使った後、必ずといっていいほど放牧に出されます。

当時も現役時代一度も放牧に出されることがなかった馬は、他にはいなかったと思います。

その理由として、

「ディープには難しいところがあり、世話や調教をする人が変わって、今まで学んできたことが失われることを陣営は恐れていた」

と言う記事を見たことがありますが、本当のところはわかりません。

放牧に出なかったということは、担当に市川厩務員や池江調教助手はずっと休むことなくディープの世話をし続けたということです。

気苦労も多くて、さぞ大変だっただろうと思います。

陣営の皆さんのご尽力があったからこそ、ディープはあれほど素晴らしい成績を残し、無事に引退できました。

今さらながら、感謝の気持ちでいっぱいです。

市川厩務員とディープのやりとり(?)で好きなのは、3歳の夏に札幌競馬場にいた時のシーンです。

朝市川厩務員がディープの馬房に来て、ドアを空けるとディープが顔を出すのですが、それがすごくかわいくて!!

それでいっぺんにディープが好きになりました(笑)。

このシーンは、「NHKスペシャル ディープインパクト ~無敗の三冠馬はこうして生まれた~」というDVDに収められています。

*楽天市場
【中古】 ディープインパクト〜無敗の三冠馬はこうして生まれた〜 /(競馬) 【中古】afb

武豊騎手から見たディープの性格

島田明宏さんが書かれた「武豊 インタビュー集スペシャル 名馬編」(廣済堂文庫)には、2005年ダービー後の武騎手のインタビューが収められています。

ご存じの通り、ディープが現役時代は武騎手がずっと手綱をとっていました。

ディープについて、島田さんが「ところで、性格的にはどんな馬なのですか?」と質問したのに対して、武騎手は

頭がいいし、面白い子だなと思うこともあります。
おとなしいと言えばおとなしいんだけど、嫌がることはすごく嫌がる。
すぐ怒ったかと思えば、すぐ納得したりするし。

と答えています。

その後にダービーの発走前のエピソードを紹介しています。

ダービーのスタート前、4コーナーのポケットで輪乗りをしているとき、急にポンとスイッチが抜けたようにおとなしくなったんです。
『どうしたのかな』と思ったら、あの馬、前脚を折って寝ようとしていた(笑)。
あそこ、下が砂ですからね。

池江泰郎調教師はダービーを勝つことを大きな目標にされていましたが、それまでに勝利したことはありませんでした。

ディープという有望な馬を得て、究極の仕上げを施して、ダービーに送り込みました。

そのためか、パドックでは何度も尻っ跳ねをするほど、テンションが高い状態でした。

その後の輪乗りで寝ようとしていたということですね。

ダービーの単勝オッズは1.1倍。断然の注目馬だったのですが、本人はレース直前、こういう状態だったという(笑)。

社台スタリオンステーションに繋養された後のディープの性格

2017年に、グリーンチャンネルで「日本列島ダービーの旅」というシリーズが放送されました。

小堺翔太さんと三遊亭五九楽さんが出演されて、JRAや地方競馬で開催されているダービーの取材をするという内容です。

番外編として「ダービー馬に会いに行こう」という企画があり、小堺さんが社台スタリオンステーションを訪問されました。

社台スタリオンステーションに繋養されているダービー馬が登場し、広報の徳武さんが解説をされました。

ディープはもちろんですが、産駒のキズナも登場した記憶があります。

その際に「ディープは人間に対してフレンドリー」というエピソードが紹介されました。

種牡馬になるような馬は自分がボスだという意識が強く、気性も荒くなることが多いようです。

しかし、ディープは種牡馬になった後も人間にフレンドリーに接していたとのこと。

そして、そのフレンドリーさは、同スタリオンに繋養されている産駒にも受け継がれているということでした。

とても興味深い話でした。

サントリー コーヒー BOSSのCM撮影時のエピソード

ディープは、サントリーのコーヒー、BOSSのCMに出演しています。

放送されたのは2007年。「サントリーBOSSレインボーマウンテン」という商品のCMでした。

ハリウッド俳優のトミー・リー・ジョーンズさんが「宇宙人ジョーンズ」に扮して、地球の人々の暮らしを調査するというシリーズの第7弾。

ジョーンズさんが実際に社台スタリオンステーションに行かれて、撮影しました。ジョーンズさんがディープの厩務員であるという設定でした。

動画はここに貼ることができないのですが、まず、ディープのラストランになった有馬記念の映像が流れます。

スタンドでその走りを感動して見守るファンの姿も映ります。

その後すぐに社台スタリオンステーションの放牧地にいるディープが映ります。

テレビの女性レポーターが取材に来ていて、

「なんと1日に3回も種付けするんですよ。やっぱりディープはすごいですね」

などとコメントします。

その後ジョーンズさんが馬房にいるディープの鼻面をなでて、

「この惑星では、退職してからもきつい」

と言うという内容です。

ホース・コラボレーターの細江純子さんが、社台スタリオンステーションの担当厩務員だった森田さんに、このCMの撮影時のエピソードを聞いています。

「人気騎手・調教師インタビュー ホソジュンのステッキなお話」(芸文社)という本のなかで、森田さんは、

途中で長い撮影にディープは飽きてしまったようで居眠りを(苦笑)。
撮影前は、「あんなに、たくさんの人がいるけど大丈夫なのかな?警戒するんじゃないかな?」って心配していたんですよ。
でも、ディープにとっては何でもなかったようですね。

と答えています。

テスト、リハーサル、本番と2日かけて行われた撮影では、ディープが待ち時間に退屈して、休憩をはさんだりもしたそうです。

細江さんが「撮影中に居眠りとは、スゴイですね」と言ったのに対して、森田さんは「なかなか、変わった馬ですよね(笑)」とおっしゃっています。

現役時代に所属していた池江厩舎は、競馬人気を盛り上げるために、マスコミからの取材を積極的に受け入れていました。

レースでもたくさんの人が見に来るわけで、人に見られることに慣れていたんですね。

長々と書いてきたディープインパクトの紹介ですが、ここで一旦終わりにします。折に触れて、内容を見直していこうと思っています。

ここまで読んでくださった方で、「この人、なんでこんなにディープインパクトが好きなの?」と思われた方は、こちらも読んでいただけると嬉しいです。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です