私にとってディープとは
私にとって、ディープは「神馬」でした。
神社にいる神馬は、人間が神様に捧げたものですが、ディープはその反対で、
「神様が人間を喜ばせるために、ご自分が飼っていらっしゃる馬のうち一頭を地上に遣わしてくださったもの」
だと思っています。
ディープは現役の時も、引退して種牡馬になった後も大活躍して、毎週毎週私たちを楽しませてくれました。
そして、書くのもつらいことですが、去年、神様が
「もう十分だろう」
と考えて、ディープを自分のところに呼び戻したのだと思っています。こう書いていても、なんだか泣けてきます。
つらかったあの日
去年の7月30日、あまり遠出をすることのない私が、たまたま海の近くの町に出かけていました。
そして、海の近くの道路を歩いている時に、道の前方に、けっこう大きな蛇が横たわっているのを見ました。
別に蛇に恨みがあるわけでも、襲われたわけでもないのですが(笑)、その姿を見て、何だか嫌な気持ちになりました。ちょっと怖かったし。
それで何も知らずに帰宅して、夕刊を見たら、ディープが天国に旅立ったというニュースが。蛇を見たのは、予兆だったのかと思いました。
昨年の2月から体調不良で種付けを休止していたのは当然知っていました。
でも、ツイッターで、その後社台スタリオンステーションに見学に行かれた方々の
「休養してはいるけど、元気にしているよ」
という報告を見ていたので、それほど心配はしていませんでした。それが、まさかあんなことになるなんて。
凱旋門賞に出走して、失格処分になった時もそうだったのですが、その後1週間は、テレビも新聞も、ネットもあまり見ないようにしていました。
8月頃に組まれた追悼の特集や、作成された追悼サイトも見ていません。
10月になると、NHKを始めとするテレビ局が特集番組を放送していましたが、録画だけしてほとんど見ていません。
追悼の雑誌も何冊か買いましたが、同じように見ていません。
契約していたグリーンチャンネルも解約し、毎週毎週録画していた産駒の勝利レースを録画するのもやめました。
産駒がG1を勝つたびに、複数のスポーツ紙を買い、「お祝い」と称してケーキやお寿司を買ってきて、家族にも食べてもらっていたのですが、それもやめました。
「ディープがいなければ意味はない」と思って。
でも、産駒のレースの結果はツイッターなどで追い続けていますし、重賞レースやG1で勝利すると、映像を見てもいます。
社台スタリオンステーションに作られたお墓にもまだ行きたくないですし、このブログにも「ディープの思い出」とは書きたくないです。
「ありがとう」ともまだ言いたくない。
ディープが天国に旅立ってから半年たった頃に、ようやくディープがもういないことを自然に認めることができるようになりました。
もっと時間が経てば、気持ちも変わってくるかなあ。でも、今はこんな気持ちでいます。